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長崎旅行記2

長崎は出張と旅行で来たことがあったのですが、出島は小学校の修学旅行以来でした。
六畳位の大きさの模型しか記憶になくて、今回ン十年ぶりに訪れてみてびっくり。あれは小規模のテーマパークですよ。ちなみに私が小学生のときに観た模型もひっそりと残っておりました。伊勢の斎宮博物館にもあんな感じの模型があったよな~~。
それからランチをいただいて、大浦天主堂→グラバー園。こちらも小学校以来です。翌日の新聞で知ったのですが、この日の大浦天主堂はローマ法王庁からの、価値ある建築物としての認定式にようなものが執り行われていたようです。私達が訪ねたのはそのあとのようでした。

大浦天主堂はナチスドイツによって虐殺されたコルベ神父縁の教会です。
私は信仰ゆえの強さというのがあまりしっくりこないほうで、三浦綾子氏の「羊が丘」や「塩狩峠」を読んでもなんとなくもやっとしたものが残るような人間ではあります。でもこの方の行いの根源に信仰があったとしたら、宗教ってなんてすごいものなんだろうと素直に認めたくなってしまいます。
コルベ神父に命を救われた青年将校がそのあとずっと罪の意識に苦しんできて、対して当時のローマ法王(ヨハネ・パウロ2世?)が「苦しまなくていい」と言ってさしあげたという記事を資料館に残っていて、なんだかすごく泣けてしまいました。

そのあとグラバー園を回って、気が付いたら五時近い。美術館は八時まで開いているとはいえ、なんだこの時間の流れの速さはと驚愕しました。そのあとお茶を飲んでから、六時過ぎに美術館に。本当に素晴らしくて、見ごたえのある展示でした。
古代ローマも少し入っておりましたよ。

美術館を出たときはかなり雨が本降りになっておりましたが、市の中心部に連れていっていただき、大変に美味な和食をいただきました。本当に楽しくて充実した一日でございました。
日高さん、お付き合いどうもありがとうございました。


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長崎観光記

先日、長崎に行ってまいりました。
目的は長崎県立美術館で開催されている「古代ギリシャ展」です。九州国立博物館でパンフレットを見て、絶対に行くから付き合ってねと長崎在住の日高砂羽さんに強引に迫りまして、いよいよ敢行となりました。この前に東京国立博物館で開催されていたようで、在京の作家さんから素晴らしかったですよ~とレポートをいただきましたので期待マックスでした。

当日、長崎は今日は雨でした。
私が大浦天主堂とグラバー園と出島が観たいと行ったので、いつもより早めに待ち合わせ。
私は24H停められる、平和公園近くの駐車場で行きました。待ち合わせの時間まで少しあったので平和公園まで足を伸ばして、そこで佐賀県の小学生に遭遇。修学旅行シーズンですね。
なんとなくですけど、私は長崎に来たら平和公園と原爆資料館は足を伸ばさなくてはいけないかなという気持ちがあリまして………。ただ誰かを誘って行くような場所でもないので、以前に友人と長崎に来たときは行かなかったのですね。今回は少し早めにきて足を伸ばすつもりでいたのですが、ここで完全な記憶違いをやらかしました。
私、平和公園と資料館が隣接しているように思っていたのですが、けっこう離れていた(汗)。
足を伸ばしていたら、待ち合わせ時間に確実に間に合わない。
そんな理由で、今回は保留となりました。
日高さんを待っている間に、茶トラの猫が興味深々に私を見るのですが、近づくと逃げていきました。そして少し離れた場所で見守っている。近づくと逃げる、のパターンを四回ほど繰り返したあげく、失踪。くそ~~、ツンデレめ。


そんなこんなで日高さんと合流いたしまして、平和公園から少し離れた出島にむかったのでございます。

 
         長くなったので以下、つづく。

画像出ました。

昨夜からアマゾンさんで表紙画像が出ているようです。

本当に美しくて、繊細で感涙者です。
明槻が着ている衣装は帝の礼服、袞衣&冕冠です。中国風の衣装ですが、聖武天皇の御世から、着用がはじまったようで孝明天皇(明治天皇の前)の時代まではこの衣装で即位式&大嘗祭は行っていたようです。それ以外の儀式は、今上陛下も即位のときに着用なさっていた黄櫨染の袍を使用していたそうです。明治天皇以降はこちらの衣装を即位&大嘗祭でも着用なされていたようですね。

五巻の縋子の即位式あたりから、明槻に袞衣を着せたいなとずっと思っていたのですが(縋子の即位式のときには、東宮用の礼服を着ているはずなのですが、作中はさらりと流したので)、こんな手のかかるものとても頼めねえと…でも作中でついに出してしまいました。凪さん、本当にありがとうございました。皆様もぜひぜひ書店でお手に取ってくださいませね。素晴らしく美しいですよ。
美しいのでどーんと大きく貼ってみました。

なりゆき斎王の入内 ~比翼の鳥は和を調ぶ~ (ビーズログ文庫)
なりゆき斎王の入内 ~比翼の鳥は和を調ぶ~ (ビーズログ文庫)

大誤植

某学芸文庫の中表紙、肖像画の説明。

ルイ十四世の愛妾・ポンパドゥ―ル夫人

なにがすごいって、著者、編集、校正と三人にいて、
誰もこの間違いに気づかなかったところだと思う。


人間のやることって、やっぱりミスが出ますよね。

井上靖・後白河院

作者名を書かないと、また院政の萌え話をしていると思われてしまうので。
もういつから書棚に入れているか分からないぐらいなのですが、先日ようやく手にして読み終わりました(そこのあなた。まだ、読んでいなかったのかよ! という突っ込みはしない)。
まあ、この本を読んであらためて血がたぎるような気持ちになった私は、やはり平家が好きなんだなと。保元、平治の乱とか名前を聞くだけで興奮しますわ。
最後に後白河法皇がかかわっていた人を羅列して、唯一心を許しかけていた(でも許さなかった)のが信西入道だったという件がございまして、え、そこは嘘でもいいから清盛にしてよと思ったわけですが、そもそもこの羅列に清盛の名が挙がっていなかったわけですね。
これはもしかして井上先生が敢えてそうしたのかなと考えたわけです。


想い出話ですが、高校時代の日本史の先生がとても面白い授業をしてくださる方(この時代の教師にしては珍しく、やや右傾向でした)でして、その先生がことあるごとに「シュリーマンの古代への情熱と井上靖の天平の甍は絶対に読め」と言っておられました。
が、機会なく双方ともに読んでおりません(汗)。高校生のときに読んだ井上先生の額田女王がちょっとあわなくて、天平の甍も触手が伸びなかったのですよね。それから井上先生の本は「蒼き狼」と「楼蘭」を読んだのですが、いまだ天平の甍には手を出しておりません。近々に挑戦したいですね。

ところで鑑真は日本に来たから失明したんじゃなくて、現在の見地から考えると、年齢的に白内障が進行したとか考えられませんかね? いずれにしろ信念を持った方であるのはまちがいありませんが。
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小田菜摘

Author:小田菜摘
コバルト文庫、ビーズログ文庫で少女小説を書かせていただいております。
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